寄託者登録の特性情報の誤りについて

細胞バンクがホームページにて公開していた細胞株2種類の特性情報に誤りがありました。寄託者から受領した特性情報に誤りがあったものです。各細胞株の利用者(提供先)の皆様には、誤りに気付いた時点でご報告と謝罪の連絡をしております。

<1> HD-Mar2細胞
HD-Mar2細胞(RCB1981)は海外で樹立された細胞株ですが、東北大学細胞バンクに寄託されて同バンクから頒布されていました。2004年に東北大学細胞バンクから理研細胞バンクに寄託され、東北大学細胞バンクから受領した特性情報である「ホジキンリンパ腫由来細胞株」として提供してきました。
5年程前から、Swiss Institute of Bioinformaticsが、研究コミュニティで使用されている様々な細胞株の特性情報につき、論文情報等を元にして解析し、「Cellosaurus」というデータベースを構築して公開しています(下記)。
https://www.cellosaurus.org/
Cellosaurusにおいて、HD-Mar2細胞はmisclassified細胞(分類が間違っている細胞)であると記載されていることを2022年8月に知りました。樹立論文(Int J Cancer 25: 583-590 (1980), PubMed ID: 6154663)及び使用論文を確認しましたところ、下記のように表示すべき細胞株であったことが判明し、下記に変更して提供を継続しております。
ホジキンリンパ腫の治療経過中にT細胞リンパ腫を合併した患者の胸水から樹立された細胞株であり、細胞特性はT細胞リンパ腫。

<2> KE-97細胞
KE-97細胞(RCB1435)は、1998年に寄託を受けた細胞株であり、寄託者(KE-97細胞の樹立者)の登録情報である「ヒト胃癌の腹腔内(腸間膜)転移巣に由来する細胞株」として提供してきました。
既述の「Cellosaurus」において、KE-97細胞はmisclassified細胞(ヒト胃癌細胞株として利用されていたが、ヒトB細胞由来の細胞株である)と記載されていることを2022年12月に知りました。Cellosaurusがその根拠としたのは、2018年に発表された下記の論文です。
Profiling the B/T cell receptor repertoire of lymphocyte derived cell lines. BMC Cancer 18: 940 (2018), PubMed=30285677
上記論文にて、KE-97細胞においてB細胞受容体の再構成が確認され、KE-97細胞はB細胞由来である可能性がきわめて高いことが示されています。
当室においても、B細胞のマーカーであるCD19およびCD20の発現を解析しましたところ、KE-97細胞はCD19およびCD20の双方を明瞭に発現しており、B細胞由来である可能性がきわめて高いことが判明しました。
尚、ヒト細胞誤認排除検査(STR多型解析)においては、KE-97細胞と同一性を示す細胞株は同定できていません。

寄託者(KE-97細胞の樹立者)との相談:
寄託者に上記の情報を全て伝えて相談した結果、KE-97細胞の頒布を中止することとなりました。(寄託者は研究職を離れて久しく、KE-97細胞は所有していませんでした。)

再発防止と今後の対応について
理研細胞バンクでは、寄託者から入手した細胞特性情報とは関係なく、提供前に下記の検査を必ず実施しています。
● マイコプラズマ汚染検査:
細胞バンク発足当初(1987年)から実施している検査であり、手間暇はかかりますが、世界中の全主要細胞バンクが実施している最も感度の高いDNA染色法にて検査を実施しています。同時に、PCR検査法も併用しています。
● ヒト細胞に関する誤認細胞排除検査(個人識別):
約20年前にSTR多型解析の有用性が、世界中の主要細胞バンクの連携協力で論文発表され、世界中の主要細胞バンクがSTR多型解析をルーチン検査として導入しました。理研細胞バンクでも、世界標準のルーチン検査として継続しています。
● マウス細胞に関する誤認細胞排除検査(系統識別):
ヒト細胞の次に多い細胞株はマウス細胞です。マウス細胞は近交系マウス由来細胞が多く、寄託者が登録した系統名が正しいかの検証が必要です。そこで、理研細胞バンク独自にSTR多型解析を開発し、ルーチン検査として導入しました(2010年論文発表)。
● 由来動物種同定検査:
細胞バンク発足当初(1987年)は、その頃の標準検査であったアイソザイム検査を実施していました。その後、より精度が高い分子生物学的な検査としてミトコンドリア遺伝子PCR同定検査を導入しました。さらには、DNAシークエンスに基づくより厳密な同定検査(DNA Barcoding法)が確立され、2018年に同検査を導入し、4株の誤認(寄託者登録情報との齟齬)を発見し公開しました。DNA Barcoding法の導入により、由来動物種の同定はほぼ確実に実施できるようになりました。

上記検査にて、マイコプラズマ汚染や誤認等が発見された場合には、寄託者に連絡し、別の細胞の再送付等を依頼しています。しかし、再送付が不可能な場合や(もはや寄託者が所有していない)、再送付を受けても問題が解決せずに、細胞バンクからの頒布が不可能となる細胞株も多数あります。
マイコプラズマ汚染検査や誤認細胞排除検査(STR多型解析)等は、細胞品質検査の基本ではありますが、きわめて基本的なものであって細胞特性のごく一部を検査できるにすぎません。また、STR多型解析は、「由来する個人」や「由来するマウス系統」を識別する検査であり、<1>や<2>の事例のような誤りを特定することはできません。
細胞特性の詳細な解析等が研究コミュニティで実施されることによって、細胞特性(由来がん種や由来細胞種等)が寄託者の登録情報とは異なることが寄託後しばらく経ってから判明するというケースが今後も出てくる可能性があります。このため、当室でも積極的に研究コミュニティ等での情報収集に努め、<1>や<2>のような事例が確認された場合には、今回と同様に適宜対応していく予定です。
<2>のような事例を細胞バンクで防止する方法として遺伝子発現解析(RNA seq)があります。遺伝子発現解析を網羅的に実施し、階層的クラスタリングや主成分分析等を実施することで、由来細胞種をある程度は検証できますが、各細胞種(例えば各がん種各組織型)に関して少なくとも数十株程度の解析を実施しないと統計学的に有意な検証とはなりません。遺伝子発現解析技術の進展は著しく、今後大幅なコストダウンが実現した場合には、解析対象細胞株数が十分ある細胞種を対象として遺伝子発現解析を実施する予定です。

引き続き、理研バイオリソース研究センターの事業に対してご理解とご支援を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

以上



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