浮遊細胞の培養に関する一般的な注意

PDF版はこちら

※ ヒト血球系細胞など、浮遊細胞の中には 特に培養の難しい株があります。
培養の難しい細胞株については、株毎に別途の「培養開始にあたっての注意」をご案内しておりますので、培養前に必ずお読みください。


[ 準備 ]

  • 予め37℃のウォーターバス(または 市販のウォーターフリー細胞融解装置)の電源を入れて準備しておきます。
    ※時々、凍結チューブをインキュベーターに静置して融解を行い、細胞を全滅させてしまう失敗例が報告されています。
    融解操作は必ず37℃のウォーターバスか専用の細胞融解装置をお使いください。
  • 使用する培地は事前に準備し、室温に戻しておきます。
    過度な加温は培地成分を変化・失活させ、細胞の増殖不良の一因となる場合があります。
  • 培地に抗生物質のAmphotericin Bを添加されている場合、増殖が上手くいかなくなる事例が見られます。
    複数の抗生物質が予め混合された市販品にはAmphotericin Bが含まれている事がありますので、抗生物質を利用される場合はご注意ください。
  • 遠心機は冷却せずに室温で使用してください。

[ 融解操作 ]

  • チューブが破裂する可能性がありますので、必ず保護具(フェイスガード、手袋)を装着して融解してください。
  • ※クライオチューブの場合はキャップを4分の1回転ほど緩めて、冷却された気体を逃がした後、キャップを締め直してから融解を行って下さい。
    送付された細胞の融解・培養方法を参照

  • 融解操作は必ず1本ずつ行ってください。
  • 融解時間が細胞の生存率に大きく影響します。
  • ※細胞の凍結保存は「緩慢凍結-急速融解」が基本です。
    融解時間とは、細胞を傷害する氷結晶核が生成・成長する-80℃以上の温度帯を如何に速やかに通過して融解できるかを意味しています。
    ここで時間がかかればかかるほど、細胞の生存率はどんどん低下します。
    融解時間の目安
    当室の細胞は、凍結保存液1mLがガラスアンプルまたはクライオチューブに保存されています。それぞれ融解時間の目安は次の通りです。
      ガラスアンプルの場合:30秒程度
      クライオチューブの場合:1-2分程度

    ※ガラスアンプルまたはクライオチューブ内に少量(米粒大)の氷が残る程度まで融解します。
    この時、もし容器に残っている氷が大きすぎると、部分的な再凍結が起こって細胞が傷害されます。
    逆に氷が完全に融解した後も加温を続けてしまうと、今度は凍結保護剤の影響が出てきます。
    上手く融解するコツは「あとほんの僅かな時間で完全に溶けそうだ」というタイミングで加温を止め、予め用意した新鮮な培地に速やかに・穏やかに懸濁する事です。

  • 細胞は凍結保護剤と共に凍結されています。
  • ※当室が提供する凍結細胞には、凍結保護剤として DMSO(Dimethyl sulfoxide)が含まれています。

     ※DMSOには細胞毒性があります。
    https://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0%2C5&q=DMSO+toxicity+blood+cell+line+culture&btnG=
    融解後、DMSOを含む凍結保存液のまま加温される あるいは DMSOに曝されている時間が長くなると、細胞の生存率はどんどん低下し、場合によっては全滅します。

     ※DMSOには細胞の分化誘導を促進する作用が報告されています。
    https://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0%2C5&q=DMSO+differentiation+blood+cell+line+culture&btnG=
    細胞によっては融解時にDMSOが残存していると分化が誘導され、その株の特性が変化してしまう場合があります。

    ここで最も重要なポイントは、融解直後のまだ細胞の代謝が抑制されている間に素早くしっかりとなおかつやさしくDMSO濃度を下げる事です。

    融解後は細胞がDMSOに曝される時間をできるだけ最小限に抑え、培地へ懸濁、遠心の後、速やかに新鮮な培地に置き換えてください。
    再懸濁は穏やかなピペッティングを心掛け、培養容器に播種したら直ちにインキュベーターに移して培養を開始してください。

    当室では一般的な融解方法として、凍結細胞を予め 5mL の培地に懸濁後、「1000rpm(200 xg 前後)、3分、室温」で遠心し、上清を取り除く一連の操作を2回繰り返す様、ご案内しております。
    送付された細胞の融解・培養方法を参照
    ここで一連の操作を繰り返し行うのは、DMSOの残存濃度を十分に下げるためです。

    ただし、ヒト血球系細胞など、融解後の生存率が極端に低くなる一部の細胞株においては、一連の遠心操作によって起こる細胞への物理的なダメージを繰り返さない方が、培養の立ち上がりが良くなる場合があります。
    この様な場合は凍結細胞を予め10 mLの培地に懸濁し、一連の遠心操作を1回に留めて、速やかに培養を開始してください。
    詳細はそれぞれの細胞株の「培養開始にあたっての注意」をご確認ください。


[ 播種~細胞の回復 ]

  • 一般にヒト血球系細胞は凍結・融解のダメージを受けやすく、回復が遅いものが多いです。
  • 播種密度が細胞の立ち上がりに大きく影響します。
  • ※当室の細胞は通常、φ60mm dish 2枚 又はT25 cm2 flask 2本への播種をお願いしていますが、浮遊細胞の場合は T25 cm2 flask の使用を推奨します。
     推奨される播種密度は細胞によって異なりますが、一般的に融解直後は生存率が低くなりやすいため、時には視野を覆うくらい、通常より密度を高くすることも有効な方法です。

  • 融解翌日は生存率が大きく低下する場合があります。
  • ※特に初期は多くの死細胞が観察されます。また、生き残った細胞の中にもいびつな形や萎縮しているものが含まれていて、これらもまた変性して死んでいきます。
     ほとんどの場合 数日程度で回復してきますが、回復までに必要な日数は融解操作で細胞が受けたダメージの影響によって変動します。
    生き残った細胞が回復し増殖を始めると、輪郭がはっきりした球形に近い細胞の割合が徐々に増えていきます。
     初期に多く観察された死細胞は徐々に形態が崩れ、培地に溶けて分散していきます。

  • 細胞が凍結融解のダメージから回復するまでは、あまり「手を加えない」方が良い結果となる場合が多いです。
  • ※「手を加えない」とは、例えば回収、遠心、培地交換、継代等の操作は細胞への物理的なダメージにつながります。
    また、培養環境を変えるような操作(培養細胞の代謝によって生じた馴化培地が除去される あるいは希釈される等)も増殖不良の一因となります。
    回復までは少量の新鮮培地を足す程度に留め、継代可能な密度まで充分に増殖するのを待ってください。

  • 培養液にサイトカインを添加している細胞株は、時間と共にサイトカインが消費されます。
  • 必要に応じて適宜添加してください。
    ※添加の目安は3~4日ごと、もしくは培地交換等の操作時に行ないます。添加量は培地総量から計算して添加してください。
    (培地総量=培養容器内の培地量 + 新しく足した培地量)
     


[ 継代 ]

  • 活発な増殖像が観察され、光沢の強い増殖細胞が数を増して視野を埋めてくれば、最初の継代のタイミング です。
  • 継代は遠心によって培地を完全に置き換えるよりも、細胞をそのまま馴化培地と一緒に希釈して行った方が良い結果が得られます。培地に浮遊している死細胞は多くの場合、継代と共に徐々にその割合が減少していきます。
  • 最初の継代はあまり細胞密度を低くせず、希釈率を抑えて行うと良いでしょう。
    (例えば1:2)
    増殖が安定してくれば、それぞれの細胞に推奨されている希釈率での継代が可能です。
  • 安定して増殖するようになったら、今度はオーバーグロース(密度過剰)にもご注意ください。
  • 密度過剰になることは、細胞の生存や増殖に必要な成分が相対的に不足することを意味し、即ち、細胞死につながります。増殖がきわめて速い浮遊細胞では、オーバーグロースによって細胞が全滅するケースの報告も多いです。



コメントは受け付けていません。